SOFT LANDING ON THE SNOW,
AT SOUTH3 WEST6 SAPPORO CITY
これはナークツインズのアイデアノートです。二人で北海道旅行に行った記念に本を作ろうとして、こんなシナリオだけが残ってます。
■体裁:A5版24P.ロードムーヴィー風に。
純一と麻実子のVALENTAIN TOUR. ダイアローグ形式。
●2/11
新宿で純一、麻実子、英二の三人で飲む。一次会は新宿東口のサッポロライオン。黒生、ハーフ&ハーフ、赤ワイン、他。スペイン風オムレツを頼もうとするがなかなか来てくれずに文句を言う純一。変わったところに行こうということで、二次会は新宿ゴールデン街。馴染みの店があるからと入ったのがエスパ本店。ワイルドターキーのボトルを入れて最初のうちは機嫌良く飲んでいた英二だが、いつのまにかいなくなってしまう。あわてて捜しに出かける純一。ところが見つからずに途方に暮れていると中国娘を引っかけて帰ってきた英二。「いい加減にしなさいよ」と麻実子に引っぱたかれる。その後酔い潰れた英二の介抱のため三次会として北の家族へ。始発で帰る。これでは睡眠は四時間しか取れない。雪がちらついていた。明日は北海道だというのに先行きが危ぶまれる一日だった。
●2/12
いきなり麻実子が寝過す。どう考えても飛行機には乗り遅れる時間。「低血圧はこれだからな」と純一が悪態をつきながらとりあえず出かける準備をするが、一歩外に出た瞬間東京は記録的な大雪によって一面の銀世界。積雪21センチ。25年ぶりの大雪だそうだ。雪だるまと思いきや、子供たちはなんと直径二メートルはありそうな鎌倉を作っていた。まず駅のトラベルセンターで羽田空港の状態を訪ねるが、妙に手間取っている。どうやらパニック状態のようだ。とにかく空港か浜松町まで行ってキャンセルをしようとするが、秋葉原で断念して引き返す。山手線が止まっていて京浜東北線は遅れている。当然すごいラッシュ。総武快速線はほとんど運休寸前で、手の打ちようが無い。公衆電話も混雑している上、空港は話中で連絡不能。まったく情報が掴めない。東京では信じられないような大雪に呆然とする二人。朝起きてまだなにも食べていないのに気がつき、駅の蕎麦屋に入るがここも満員。これでは食欲も出ず、疲れが増しただけ。雪は止むどころか、ひどくなっているような気配。このまま秋葉原にいるとはっきり言って、無事アパートに帰ることすらできなくなりそうな恐怖感に襲われる。「帰ろう。キャンセルできなくてもいい。金の問題じゃない。」純一が叫んで、アパートに帰る。アパートに着いたときには、すでに疲労困憊であった。ひと息ついて酒を飲む。近所の行き付けの店「おもてなし」に行って寄鍋を食べながら、本当は今日北海道に行っているはずなんだけどねーなどとマスターと話していた。これだけ雪が降れば、札幌に行かなくても良いんじゃないのと言っていたが、その考えが甘いことに後で気づくことになる。店を出るとき、マスターはまた明日も来てねと笑う。帰って電話で英二とケンカする麻実子。
●2/13
朝、相変わらず麻実子はまだ眠っている。疲れているせいか昨日と同じく純一は四時間寝ただけで目が覚めてしまった。前日の羽田空港は全便欠航だった。昨日乗り遅れたのは幸運なのか、そうでないのか分からない。やっと空港に電話がつながるが、札幌便は昨日の客で全便満席だと言う。旭川便も駄目。仕方がないので空席のある函館便を予約する。北海道の最北端に行くという当初の目的は脆くも崩れてしまった。函館から札幌まで、特急電車で四時間半だ。それでもたどり着かないよりはいい。稚内や旭川の道北の観光地図は用意していたが、函館の資料はまったくない。どうなることやらと思いながら、新羽田空港へ。あまりの広さと混雑のために再び乗り遅れてしまう。30分前には空港に着いたのだが、麻実子がトイレに入り待たされる純一。カウンターチェックもしていないのに10分近く待たされて、もう何分も時間がないと焦る純一。トイレから出てきた麻実子に目を会わせるや否や純一は走りだしエスカレーターに乗るが、残念ながら麻実子は純一に気がつかなかった。しかもこのエスカレーターは二階分の長さがあった。混み合ったエスカレーターで身動きできず、ただ見当たらない麻実子を探す純一。エスカレーターは無情に二階分上っていく、ゆっくりと。とにかくチェックだけでもしなければ飛行機に乗れないので、麻実子をおいて純一はカウンターに走る。だが新羽田空港は広い。ただ広いだけでなく今日は昨日乗れなかった客の群れが立ちふさがっていた。「まるでアメリカンフットボールだ。」人の壁を右左にかわしながら、純一は思った。アナウンスが二人の乗る飛行機の最終出発案内をしている。時間がない。ようやくカウンターにたどり着くと係員はにこやかに「もう時間がありませんので直接出発口でチェックをお済ませください。」と言う。なんてことだ、それじゃあ麻実子がいないと中に入れない。がっくりする暇もなく再び純一は、人の壁と長いエスカレーターへと走っていった。トイレの前で麻実子は立っていた。「なにしてんの。」「あっ、純一。と思ったら急に見えなくなっちゃって、ここで待ってるしかないじゃない。」「時間ないから、とにかく急いで。」純一は麻実子をつれて再度長いエスカレーターに乗る。「なんでそんなに時間が掛かるの?」「女の子は時間が掛かるものなの。」「・・・」純一は混乱して「パニック、パニック、パニック、みんなが・・・」とクレヨンしんちゃんの歌を口ずさむ始末。手荷物検査のゲートに走るが、ここも長蛇の列。余りに列が動かないのに焦れた純一は、となりのチェックカウンターに行って聞いた。「函館便はまだ間に合いますか?」受付嬢はきょとんとした顔で「その便は遅れておりまして、まだ受け付けもしておりません。」「はぁ?じゃあさっき聞こえた函館便のアナウンスは・・・。」「それはひと便前のアナウンスです。のちほどご案内いたします。」よかった、ゆっくりできる。純一は麻実子に説明して、二人はしばらく空港を散歩することにした。空港はどこも混雑。空のダイヤはメチャクチャで、どこの便も遅れていた。喫茶店も満員で、休む場所もない。二人でビルの外に出て路上に越しかけて暇をつぶす。一時間ほどして、再びチェックカウンターへ。「函館便の案内はまだですか?」純一か訪ねると、受付嬢は忙しそうに答えた。「その便は定刻に出発いたしましたが。」「はぁ・・・。」事態が飲み込めない二人。「・・・次の函館便は?」「定刻では二時間後の出発ですが、予定より一時間半遅れております。」「・・・・」声もでない二人。「パニック、パニック・・・」と歌ったのは純一だったが、本当にパニックに陥っていたのはさっきの受付嬢だったようだ。受付嬢の事務的なお詫びの言葉にも、文句を言い返す力もない二人。トラブルの連続。仕方がないので札幌便のキャンセル待ちも入れておく。キャンセル待ちの番号は460番。たっぷり飛行機一機分だ。空港に足止めされること5時間以上。函館便がこれ以上遅れると、函館から札幌への最終列車には間に合わない。函館で野宿して、凍え死ぬなんて御免だ。それでもまだ受付のインフォメーションはない。この時点で二人は函館行きも諦めざるおえなかった。あまりの出来事に呆けてしまう二人。「これほど絶妙にうまく行かない日も珍しい。もしかしたら人生で最も間の悪い一日かもしれない。『奈落のクイズマスター』の気分だ。」と言う純一。「本当に。 SYMPATHY FOR THE DEVILってところね」と答える麻実子。だが二人は話をするだけまだ元気のあるほうだった。回りは乗れずに疲れきった人たちの沈黙で沈み切っていたのだから。函館便より先に出発する札幌便があるので、その便の出発まで待ってキャンセルがなければまたアパートに帰ろうと二人は決心をする。これで乗れなければ、三泊四日の稚内−札幌旅行は一泊二日に早変わりだ。札幌便のキャンセル待ちのアナウンスが始まって、別会社のキャンセル待ちも入れている人が多いのだろうか、意外にも呼び出してもやってこない人が多くて二人とも札幌便に乗れることになった。キャンセル待ちの順番の呼出しが390番から始まって、460番だったにもかかわらずだ。「よぉーしっ。」気合いの入った声を上げる純一。こんなところで気合いを入れてどうするのだろう。「俺、函館のチケット払い戻しに行ってくる。」と時間もないのに函館便のカウンターに向かって走り出す純一。札幌と函館のカウンターは結構離れているにもかかわらず。だがカウンターは混雑のため、札幌で払い戻すように言われてしまう。あわてた割りには単なる徒労であった。おかげで鞄の中は、稚内、函館行きの使えないチケットが何枚も眠っている。
飛行機の中は当然満員で、二人の席は隣どうしじゃなかった。旅慣れた麻実子にはいつものことだが、飛行機の閉塞感が苦手で麻実子が横にいない純一にはフライト中顔の筋肉が緊張で緩むことがなかった。純一は落ち着きを取り戻そうと必死に何かを考えようとした。結局セックスのことを考えると一番落ち着いたのだが、後でそのことを麻実子に話すと当然変な顔をされた。
ようやく千歳空港に着くが、北海道も猛吹雪。よくぞ一面雪だらけのこの吹雪で着陸できるものだと思う。雪祭りの後の三連休に全便欠航とあって空港は羽田と同じく人混みにあふれかえっている。帰るに帰れず、泊まる場所もない人たちの山に自分たちの帰りの便が不安になるが、とりあえず到着できたので後のことは考えないようにする二人。JRエアポート線に乗り込んで、やっと一息つく。窓が厚いせいか列車の走る音が妙に静かだ。東京とは比べられない。まるで雪の上を滑っているようだった。その上二人以外の乗客は疲れきっているのか黙り込んいて静けさに輪を掛けている。窓の外一面の雪に二人は喜ぶものの、あまりの静けさに声を潜めてしまう。だがこれで無事に着くわけじゃない。札幌駅を目の前にして三度停車。なんと合わせて20分以上停車して、ホーム入りの順番を待ち続けることになる。「信じられない」とこぼす麻実子。「とにかく札幌市内に入ることさえできたら良いよ」と言う純一。最後の最後まで足止めを食う。なんて札幌とは遠い場所なんだ。とにもかくにも札幌に着く。ポケット版の市街図を買おうとするが、キオスクに立ち寄ってもそんなものは見当たらない。どうやらここは東京以南の感覚は通用しないようだ。これから後、何度もそれを実感することになる。地下鉄の中島公園駅下車、予約していたフェニシアンホテルに到着。ここでも駅から五分のはずが、方向を間違えて20分近く歩いてしまう。最後にはホテルはホテルでもラブホテル街に迷い込んでしまう始末。ホテルに到着したのは夜の十時で、アパートを出てから十一時間掛かってしまった。シャワーを浴びてサッポロクラシックビールを飲んでからようやく札幌に着いたことを実感して落ち着く。こんな時間にたどり着いたので、実際に観光ができるのは明日一日だけ。小樽観光も考えていたが、こうなってしまっては時間もないので札幌市街を集中的に遊ぶことにする。稚内、旭川、函館はいったいどこに行ってしまったのだろう。当人たちにもまったく次が読めない素晴らしい冒険旅行となってしまった。「お腹もすいたし、食事に出よう」ということでラーメン横丁へ。チャーシューメンと味噌ラーメンを頼むが、とにかくでかい。「私とても食いきれない」と麻実子の泣きが入る。「値段は東京と変わらないんだけど、量が倍」と純一は堪能した様子。「GEEという店に行ってみたい」と純一が言うので、散歩がてら歩いて探そうとする。しかし地図も持たずに探すのでえらく遠回りをしてしまう。想像もつかない大量の雪に驚き、喜びながらも一時間以上散々歩き回ってやっと見つけるが定休日。どうやらまだ間の悪いことは続いているらしい。仕方なくGEEの下の1Fにあるハイジャマイカというラム酒を売り物にした店に入る。ラム酒好きの麻実子喜ぶ。カンパリソーダとビールを頼む。レコードのジュークボックスがあるなと思ったら、リクエストされた曲が意味深な懐かしい曲ばかりで二人とも笑ってしまう。
MESSAGE IN A BOTTLE/THE POLICE
HOTEL CALFORNIA/THE EAGLES
SYMPATHY FOR THE DEVIL/THE ROLLING STONES
BAND ON THE RUN/PAUL McCARTNEY&THE WINGS
LET ME ROLL IT/PAUL McCARTNEY&THE WINGS
THE WEIGHT/THE BAND
WALKING ON THE MOON/THE POLICE
日曜の夜一時を過ぎても店は満員で、白人の男たちが店の女の子と踊っている。店の外は誰も歩いていないのに、客は減るそぶりもない。この辺は学生街のはずではあるけれど、こんな時間にみんないったい何をしているのだろう。
三時も過ぎて、最後にワイルド・ターキーのロックを飲んでホテルに帰る。しかしやっぱりここでも道を間違えてしまう。きれいに東西南北に長方形で仕切られた町は、雪に覆われて旅行者にはさっぱり見分けがつかない。いったん方向を勘違いすると180度反対の方向へ歩いてしまう。地図を持たないからだが、二人とも反省するかといえばそうでもなかった。どうせこの時間タクシーが捕まるわけはないし、なにしろ雪を見に来たようなものだから、ひたすら雪の中を歩くのが楽しいとも言える。ただ昨日からの間の悪さは続いているとは二人とも感じていたが。ずっと歩き続けて人とはすれ違うことがないのだが、なぜか車を掃除している人にはよく出会う。不思議な光景だと思っていたのだが、後になってから車を動かすためには雪を車から下ろさなければならないことに気がつく。雪慣れしていない二人には考えもつかないことだった。

●2/14
シャワーを浴びたら純一が「ジンギスカンが食いたい」と言うので市内をさまよう。しかし昼頃にジンギスカンを食わせてくれる店などなく、結局札幌市電にてすすき野へ。狸小路の鮨栄という店の7Fで石狩鍋と寿司を食べる。タチという魚を初めて食べるがゼラチン質の歯触りにギブアップ。寿司はイクラがうまかった。2時過ぎまでそこでのんびりと食事をしてから純一はお目当てのレコードショップへ、麻実子はホテルに帰って風呂に入る。ニュースではこの雪のため北海道でも道央自動車道が不通になっているとのこと。
夜になってから目的のカニを食べにタクシーで氷雪の門へ。1万2000円のコースで腹一杯にになるまでタラバガニが食べられたのですごく満足。その後例のGEEに行ってグレンリベットとギネスを飲む。ロングライフをテイクアウトしてもらい、ホテルで飲む。
●2/15
チェックアウト後、寶龍でラーメンを食べる。有名人の色紙が多数あるのにびっくり。佐々木健介の色紙を見つけて喜ぶ麻実子?ボウイの「MIRACLE GOODNIGHT」が流れている。そのまま歩いて札幌駅へ。途中で土産を買う。毛ガニラーメン、毛ガニ2ハイ、他。帰りはさしたるトラブルもなく無事羽田へ。B1Fのライオンで中生を飲んでお疲れ様でしたという二人。東京にはまだ雪が残っていた。
■モノローグ(純一)
自分よりも高い白い雪の塊を見ていると、
雪の中に埋もれて沈み込んでいきたいと思う。
冷たいとさえ感じない空気と、
柔らかく暖かい雪に包まれながら、
ゆっくりと深く墜ちていく。
薄く白い光に包まれた夢の中へゆっくりと。
- 雪原の中を走る列車はまるで氷の上を走っているようで、
機械の音ひとつせずに静かに僕らを運んでいった。
- 『ホテルは定住の場所ではない』と書いたのは山田章博である。白い雪に閉じ込められると嫌な閉塞感に襲われる。白く濁った雪。雪原軟着陸。
- 彼女は僕を抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってくれた。
柔らかく暖かな彼女の性器に触れていると、すごく呼吸が楽になった。
- 「そんなの何が楽しいの?」って聞かれても
僕は応えられずにいる。
- 「これはアメリカではない」と歌ったデヴィッドボウイ。ここは何処だ?
- 血塗れのバスタブで、何一つ救われることのない僕ら。
- 「私を愛したい」なんて言うあなたって、すごくおかしい。
だってこれは恋じゃないもの。
バーカウンターに座った麻実子はスプモーニを飲みながらそう言って笑う。
- 昨日は愛していると言ったけど、今日は言えない。
だってそういう気分じゃないし。
裏切るつもりはないけどね。
- 座敷は一面の水に見えて、雪の気配が白い桔梗の汀に咲いたように畳に乱れ敷いた。泉鏡花「眉かくしの霊」のラストシーン。このホテルも同じだ。
- 強姦されるって気持ち良い。
人を殺したい。
誰かに殺されたい。変な欲望が過ぎる。
- 赤と緑のシャム双生児。魔王の誕生だ。
赤は次第に強大な霊力を持つようになり、緑の足は片端だった。
不思議な夢の話。雪の中で僕は奇妙な悪夢に追われていた。
■エピローグ
ロンドンへの新婚旅行(「超音速」参照)から数年が過ぎて、僕らは協議離婚した。性格の不一致っていうありふれた理由。札幌に婚前旅行したのも遠い過去の出来事になった。麻実子が何を考えていたのかなんて誰もわからない。誰も知ろうとしないのだから当然だった。僕でさえも…。言葉は春の雲より薄かった。
そして僕は春よりも北を目指して歩いた。何処に辿り着くのか、誰か教えてくれないかな?札幌は純白の記憶として屹立していた。あれが「幸せ」と呼ばれる一時の想い出なのだろうか?はらはらと雪が舞う。一面の雪景色で僕はホワイトアウトする。何処にいるのか、もうわからない。 /ナークツインズ制作ノート
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