Station to station
SOFITEL AMBASASSDOR SEOULに到着したのは2004年1月1日のことだった。例によってオレとA2の二人旅である。出かける前から疲れきっていた。年末から風邪をひいていた上に女の子にフラレたばかりだったからだ。おかげでA2には「J1、いい加減にしろよ!」と怒られっぱなしだった。確かにルーズでアバウトなのが身上だが、これは意図したものではない。ホテルではひたすら寝ているばかりで後は食事と深夜のメモとスケッチだけで全てが終わった。
食事はいつになく豪勢だった。知らなかったが、韓国では客が食べきれないほどの量を出すのが風習で、逆に食べつくすと礼儀知らずと言うことになるらしい。最初に食べたカルビと石焼ビビンバで、先ず面食らった。とてもじゃないが食べきれない。半分以上、食い残した。プルコギは下に薄切りの馬鈴薯が敷いてあって、食べ終わりの頃煮詰まって肉汁をたっぷり吸ったところで香ばしく焼きあがっていてとても美味い。チヂミもピザみたいな大きさで二切れも食べると十分過ぎた。ビールはOBにしろ安くて飲みやすく、韓国美人も堪能できた。整形が多いと言うことだが…
JAZZ BARは生でやってくれていて、すごく落ち着けた。申し分なかった。ホテルは特二級ということでリッチそのものだし、帰国する頃には身も心もようやく回復した。その分A2には随分と小言を言われたけれど。ま、足手まといなのはいつもの話である。心も身体も既に壊れているのだから。どうしようもない。
福岡空港から大分に戻ったときはホッとした。やはり故郷は良い。ゆっくりと羽を伸ばして静養した。東京に帰るときには憂鬱の一言だった。喧騒と気だるい灰色の街。此処に楽しい思い出はない。いや、あったのだけど全ては消えてしまった、ほんの少しだけ降った淡雪のように。
「J1、もう少しまともになれよ」
「わかってるよ、だけどオレは狂ってるのさ」A2には、そう答えるしかなかった。
他人の寂しさなんてわからない、自分の寂しささえ抱えきれない。何かが本当に終わった。
「これで海外旅行は二度と行かないぜ、J1」A2の最後の言葉だった。
2004年02月17日 14時11分01秒

LONDON-PARIS-TOKYO
td>
Tokyo twilight zone
"ARE YOU LIVING IN THE REAL WORLD?"
「その通りさ、夢だったんだよ」オレたちが東京に帰り着いた時、A2が呟いた。言われてみれば確かにそうだ。12時間のフライト中に観たアニメ「Cowboy bebop/Knockin' on heaven's door」のエンディングテロップそのままだ。今度の旅の記録は何も残っていない。A2が写した光景は全て些細なミスでデリートされてしまった。クラスタさえない。「J1、オレは未だ夢を見ているのか?」
成田の蒸し暑い空気を鬱陶しく感じながら、そう問いかけるA2の言葉に頷く。ここも現実の世界なんだろうか?そう思えるほど素晴らしく楽し過ぎる旅行だった。少なくともオレには、これ以上を考えられないほど楽しかった。もし出来るなら、永遠にその夢の世界で暮らしてみたい。そう思えるくらいパリは素敵な都市だ。もちろんロンドンも悪くない、食事の不味さを除けば。そうオレたちはまた旅に出た。ロンドン、パリ、マンチェスター、リバプール。お互いの趣味が丸出しの選択だ。特にビートルズマニアのA2にとってロンドン・アビーロードなど格別の感慨があったはずだ。ピチカート・ファイヴのレコードタイトルそのままの旅程。最初は冗談だと思ったくらいだ。「フランスに行きたしと思えど、フランスはあまりに遠し」である。高校生だった頃から一度は訪れたいと思っていたが、金があるわけでもないし、飛行機は大の苦手だ。一生行くことなく終わるのだろうと信じていた。それが、ひょんなキッカケからA2と同行して行く事になったのだから、正直言ってかなり慌てた。「パリだとフランス語、話せないと苦労しますよ」そう知り合いのAbさんに言われて仏会話の本を買ったのが、搭乗5日前である。当然ろくに覚えられない。
"Est-ce que je peux fumer?"これが最初に覚えた言葉で、パリで初めてちゃんと通じた言葉となる。そう、"S'il vous plait"さえ通じなかったのだ。「発音ははっきり言わないとわからないよ」とA2に諭されて思い切って使ったのだが必要あるものは嫌でも覚えるしかない。切実な要求があるものは、ちゃんと通じるものだなと思った。タイの時も同じだった。喫煙者には欠かせないフレーズである。そう言えば、今回初めて尽くしばかりだがA2に買ってもらった本物のシガー、キューバのハバナシガーは信じられないほど美味かった。元々葉巻は嫌いだったのだが、折角免税店があるのだからと一番安い奴を買ってくれと頼んだのだが、まさかハバナを喫うことが出来るとは思わなかった。煙草に詳しくないA2は「一番安いやつがこれしかなかったんだ」と何気に渡してくれた。「高いよなー、葉巻は」などとこぼしている。当たり前だ、本物のハバナである。いくら安いと言っても、他のシガーと格が違う。チョコが食べたいと言ったら、GODIVAをくれたみたいなものだ。ウィスキーならバランタインの30年が出てきたというところか?面食らってしまった。
パリではひたすら美術館に通い続けた。ルーブルは迷宮で閉館時間が近づくと何処から出れば良いのかさえわからない。SORITIREの文字だけを頼りに歩くが、出られない。不謹慎な話だが、此処の地下でならレイプ事件が起きてもおかしくないなと思った。それくらい広くて深い化け物みたいなところだ。
そしてブラッセリではエスプレッソとオムレットを楽しみながら、道行くパリジェンヌを眺めていた。どの子もみんなセンスが良くて、ブランドものなんて身に着けなくても十分お洒落だ。モロー美術館で出会った日本人の女の子より百倍はマシである。開館時間が14時なのに時間前に来て必死で門を開けようとしてるので「ここは14時からですよ」と日本語でちゃんと教えたつもりだったのだが、帰ってきた言葉は一言だけ。
「あっ、そ」
そして挨拶はおろか感謝の言葉もなくサン・トリニテ協会へと向かって行った。唖然として呆れてしまった。
日本人は世界一の礼儀知らずである。それは至る所で感じた。ロンドンでもマンチェスターでもリバプールでも。イギリスでは今度はサッカー三昧である。ひたすら試合を見続けていた。本場のサッカーはやはり雰囲気が違う。いろんな意味でファンタスティックだ。この辺はA2の趣味なので偉そうには書けない。ただ見て楽しんだだけだ。ロンドンのパブで飲んだギネスの味に本場を感じた、それくらいしか言えない。ただサッカーに限らず何事も本場で生を感じること、それが最高だ。何も見てなくては語ることさえ出来ない。もっとも観てきたつもりで何も観てない人も大勢いるようだが…。ま、人のことをとやかく言っても始まらない。オレにとってパリという街がとても素敵だった、言えることはそれだけだ。成田に着いた時は幻滅だけを感じたからだ。
東京は最低だ。オレの田舎よりヒドイ。だけど此処で暮らしていくしかないのなら、文句を言ってもしょうがない。ここもまた愛すべき都市なのだろうから。此処で大事な麻実子に出会えたのだから、それで十分だ。その麻実子さえも失ってしまったけれど。
リバプールで出会った女の子をふと思い出す。ラリっていて、煙草を一本渡すと"Thank you"と言ってキスしようとしてきたから、かわした。無性に悲しくなった。本当に欲しいものは手に入らない。それを痛感したからだ。Everything but the girl. 女の子だけは手に入らなかったよ。Farewell my lovely Paris, London !!
A2が撮ったデジタルフォトはミスで全てデリートされた。だから一枚も記念写真と呼べるものはない。最初から最後まで夢のような旅行だった。FIN
2003年09月24日 02時43分37秒

私のホームページへ | AnimeComicのページへ | メイン | 今すぐ登録